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『1%の衝撃』の表紙

公開日:2026年8月12日

1%の衝撃

食料品の消費税引き下げに、飲食店はどう立ち向かうか

はじめに

「税率が下がるのに、なぜ反対するの?」

「食料品が安くなるなら、いいじゃん」
「飲食店も仕入れが安くなって助かるじゃん」
「税率が下がるのに、なぜ反対するの?」

食料品の消費税を1%に引き下げるという話が出たとき、多くの方はそう思われたはずです。私も、最初の反応としてはまったく自然だと思います。

2026年8月5日、政府は飲食料品の消費税率を2027年4月から2年間、1%に引き下げる基本方針を閣議決定しました。現場に残された準備期間は、およそ8ヶ月です。

この本は、政策への賛否を語るためのものではありません。制度がどう転んでも店を残すために、今から何をどれだけ動かせばいいのかを、数字で決めるためのものです。

経営で一番危険なのは、「なんとなくヤバそう」という感覚のまま時間だけが過ぎることです。不安は正しい行動を生みません。適切な行動を生むのは、数字(金額や締切)です。

ですからこの本では、架空の居酒屋「よいち屋」を一軒建て、最悪のシナリオまで数字を置いていきます。最後には、明日のシフトから使える具体的な打ち手にたどり着きます。

1
消費税率は、利益の式に入っていない
「消費税が下がると、かえって飲食店は増税になる」という議論は的が外れています。効くのは "仕入の本体単価" と "客数"、この2つだけです。
2
だから、不安は金額に変えられる
変数が2つに絞れれば、最悪シナリオを具体的な金額として計算できます。金額が出れば、対策の規模と締切が決まります。
3
打ち手は3つ。動かせるのは1つ
客数・客単価・固定費。このうち8ヶ月で自分の意志だけで動かせるのは人件費だけです。ただし「削る」のではなく「設計する」。

順番に見ていきます。電卓は要りません。まず、この本で使う言葉を6つだけ揃えさせてください。

この本で使う、6つの言葉

この本ではMQ会計という考え方を使います。MG(マネジメントゲーム)という経営シミュレーションで使われる、利益の構造を分解するための道具です。

難しいものではありません。覚えるのは6つの記号だけです。

飲食店に最適化しています
記号呼び方意味
P客単価お客様1人あたりの売上
V1人あたりの原価食材費など、客数に比例して増える費用の単価
M1人あたりの粗利客単価(P)− 1人あたり原価(V)
Q客数何人来店したか
F固定費人件費・家賃・経費・金利。客数が減っても基本的に減らない費用
G経常利益最後に店に残る利益

それぞれの単価に客数(Q)を掛けたものが、売上(PQ)原価(VQ)粗利総額(MQ)になります。記号が2文字になっているのは、単価ではなく総額を指しているという印です。

この本で重要な2本の式
売上(PQ)− 原価(VQ)= 粗利総額(MQ)

粗利総額(MQ)− 固定費(F)= 経常利益(G)

これだけです。この2本の式で、この本の最後まで読み切れます。
図で表すとこうなります
図で表すとこうなります
第1章
飲食店の利益は、たった2つの箱でできている

架空の店「よいち屋」を建てる

議論の土台になる店を作ります。駅から徒歩5分、路面2階の和食居酒屋「よいち屋」。38席、月25日営業。

実在の店の数字を出すと特定されてしまうので、すべて飲食業として無理のない標準値に置いています。この一軒を、本書の最後まで追いかけます。

項目単価× 客数2,000人
客単価 P5,000円売上:PQ 1,000万円
原価  V1,750円原価:VQ 350万円
粗利  M3,250円粗利総額:MQ 650万円
一人あたりの単価
一人あたりの単価

原価(V)1,750円の内訳は、食材費1,500円(客単価の30%)と、カード決済手数料などの250円(同5%)です。売上に比例して増えるものは、基本ここに入れます。

次に、客数が減っても減らない費用、つまり固定費(F)です。MQ会計では、この固定費をF1からF5までの5つに分けます。

固定費の内訳記号月額
人件費 役員報酬・給料手当・賞与・法定福利費・福利厚生費などF1300万円
経費 地代家賃100・水道光熱70・通信・旅費交通・消耗品など55F2225万円
営業外費用支払利息・借入金利息など(補助金助成金のプラスもここに入ります)F315万円
戦略費 広告宣伝費・研究開発費・社員研修教育費などF440万円
減価償却費
内装・厨房機器などの費用分割
F520万円
合計F600万円

この5分類には、それぞれ意味があります。ただ費用を並べているのではありません。

1
F3は、本業と財務活動を分けるため
F3の営業外費用を分けておくと、本業の稼ぐ力と、借入の重さを切り離して見られます。「本業は good だが金利が重い」のか「そもそも本業が苦しい」のかが、ひと目で分かる。
2
F4は、未来への戦略的投資
F4の戦略費は、削れば今月の利益は増えます。しかし来月以降の客数(Q)と、人が育つ速度を確実に落とします。「削ってはいけない固定費」として最初から隔離しておくのが、MQ会計の考え方です。
3
F5は、現金が出ていかない
F5の減価償却費は、費用として利益を減らしますが、実際に現金は出ていきません。過去に払い終えた投資を、帳簿上で分割しているだけだからです。この性質が、本書の後半で効いてきます。

粗利総額650万円から固定費600万円を引くと、経常利益(G)は50万円。売上1,000万円に対して、経常利益率5%です。

1,000万
月商(PQ)
650万
粗利総額(MQ)
50万
経常利益(G)
5%
経常利益率

ここで強調しておきたいことがあります。

よいち屋は、失敗している店ではありません。飲食業では、これはごく普通の、むしろ健闘している水準です。しかもこの50万円から、さらに借入元本の返済が出ていきます。

利益の帯は、驚くほど薄い

よいち屋の数字を、1枚の図にしてみます。飲食店の経営は、突き詰めると2つの箱を割っていく作業でしかありません。

売上(PQ)1,000万円原価(VQ)350万円 / 35%食材費 300万円決済・予約サイト手数料ほか 50万円粗利総額(MQ)650万円 / 65%固定費(F)600万円経常利益(G)50万円

売上という大きな箱を、原価と粗利総額に割る。その粗利総額を、固定費と経常利益に割る。それだけです。

そして図にすると、いやでも目に入るものがあります。経常利益の帯の、あまりの薄さです。

売上1,000万円のうち、最後に残るのは50万円。全体のたった5%。この細い帯に、経営者の給料も、次の投資も、万一のときの備えも、すべてが乗っています。

食材が少し上がる。人件費が少し上がる。予約が少し減る。それだけで、この帯は消えます。

この本を貫く、たった1本の式
G = M × Q − F

経常利益 = 1人あたり粗利 × 客数 − 固定費

飲食店の経営とは、この式の M・Q・F をどう動かすかの戦いです。逆にいえば、この3つ以外は利益に影響しません。
第2章
消費税は、利益の式に入っていない

預かって、差し引いて、納める

ここが、今回いちばん誤解されているところです。

客単価(P)も原価(V)も売上(PQ)も固定費(F)も、基本的にすべて税抜で見ます。お客様から預かった消費税は店の売上ではありませんし、仕入れで払った消費税は後で差し引かれるので、店のコストでもありません。

現行制度(外食10%・食材8%)で、よいち屋の消費税を計算してみます。

区分計算金額
預かった消費税売上1,000万 × 10%100万円
払った消費税仕入 300万 × 8%24万円
納める消費税100万 − 24万76万円

預かって、差し引いて、納める。仕組みとしてはこれだけです。

そして重要なのは次の点です。この100万円も、24万円も、76万円も、売上(PQ)にも原価(VQ)にも固定費(F)にも入ってきません。

消費税率が何%になっても、「経常利益(G)= 粗利(M)× 客数(Q)− 固定費(F)」という式は1ミリも動かない。この一点を、まず押さえてください。

税率が下がっても、損も得もしない

では、食材の税率が8%から1%になったらどうなるか。

控除できる額が24万円から3万円に減るので、納税額は21万円増えます。「ほら、税率が下がったのに増税だ」と言われるのは、ここです。

でもそれは、半分だけ正しい。同時に、店が支払う税込の仕入額も21万円減っているからです。

現行 食材8%
食材1%適用後
税込の仕入額 324万円
税込の仕入額 303万円
納める消費税  76万円
納める消費税  97万円
店から出る現金 400万円
店から出る現金 400万円

納税は21万円増える。仕入支払は21万円減る。差し引きゼロ。原価(V)も粗利総額(MQ)も経常利益(G)も、まったく動きません。

ただし、この結論には前提があります。「原価(V)に含まれる食材1,500円が、税抜のまま変わらない」ことです。

つまり、私たちが警戒すべきポイントは「税率」ではありません。この前提が崩れるかどうか、その一点に絞られます。

課税方式によって結論は変わります
ここまでは本則課税の店の話です。簡易課税を選んでいる店は、実際に払った消費税と関係なく売上から納税額を計算するため、税込の仕入額が下がった分だけ手元が楽になります。免税事業者も同じです。

自店がどれに当たるかで話が逆になります。まず顧問税理士に確認してください。これが、今日からやるべきことの1つ目です。
第3章
本当の急所は「仕入の本体単価」だった

下がるのは税率。決めるのは仕入先

食品メーカー、卸売業者、物流会社、農家、小売店。この方々も今、原材料費・燃料費・電気代・物流費・包装資材費・人件費・保管費の上昇を抱えています。

これらは、食料品の消費税が下がっても1円も消えません。

価格設定は事業者が行うものであり、8%分がそのまま下がるとは考えていない。
— 高市首相の発言の趣旨(2026年7月、衆議院予算委員会などでの答弁・報道ベース)

制度を進める側自身が、そう述べているのです。便乗値上げを非難したいわけではありません。仕入先も、上がったコストを価格に乗せているだけです。

では、仕入れの本体価格が5%上がったら、よいち屋の数字はどう変わるか。食材の単価が1,500円から1,575円になる。たった75円の話です。

項目現行食材+5%後
客単価  P5,000円5,000円±0
1人あたり原価 V1,750円1,825円+75円
1人あたり粗利 M3,250円3,175円−75円
客数   Q2,000人2,000人±0
粗利総額 MQ650万円635万円−15万
固定費  F600万円600万円±0
経常利益 G50万円35万円−15万
+75円
上がった原価
−15万
月あたり利益
−180万
年あたり利益
−30%
年間利益の減少率

客単価も客数も固定費も、何ひとつ変わっていません。1人あたりの原価が75円動いただけです。粗利率でいえば65.0%から63.5%へ、わずか1.5ポイント。

この1.5ポイントが、年間利益の3割です。

この「年180万円」という数字を、覚えておいてください。本書の後半で、もう一度出てきます。

あと何人減ったら、赤字になるか

MQ会計だからこそ見える数字が、もうひとつあります。あと何人減ったら赤字になるかです。

計算は簡単で、固定費(F)を1人あたり粗利(M)で割るだけです。粗利が固定費を埋めきる客数が、損益分岐点になります。

前提計算赤字ライン現在2,000人との差
現行 M 3,250円600万 ÷ 3,2501,847人余裕 7.7%(153人)
食材+5%後 M 3,175円600万 ÷ 3,1751,890人余裕 5.5%(110人)

よいち屋は、もともと客数が7.7%減っただけで赤字に落ちる店です。決して脆弱な店ではありません。飲食業の標準的な構造が、そもそもそういう形をしているのです。

そこに仕入値上げが乗ると、余白は5.5%まで縮みます。

1日4人
月2,000人、つまり1日80人の店で、赤字までの距離が1日たった4人分になる。これが「仕入が5%上がる」ということの、現場での意味です。
第4章
客数を削る、9%の壁

家で食べるか、店で食べるか

ここまで仕入れの話をしてきました。しかし本当に怖いのは、次の話です。

スーパーやコンビニで買う食料品は1%。でも、飲食店で食べる外食は10%のままです。

家で食べる
店で食べる
スーパーで買って自炊
飲食店で外食
消費税 1%
消費税 10%
現行との差 −7ポイント
現行との差 ±0

現在の差は8%と10%で2%。それが9%に広がります。差が4.5倍になる計算です。

同じ料理でも、持ち帰れば1%、店で食べれば10%。テイクアウトとイートインの線引き問題も、これまで以上に大きくなります。

もちろん外食には、調理があり、接客があり、空間があり、時間があります。それは価格に見合う価値です。

それでも家計が苦しいとき、9%の差を前に「今月は家で食べよう」と考える方は、確実に一定数出ます。それは消費者として、まったく合理的な判断です。

客数が減っても、固定費は減らない

MQ会計の怖さは、ここで一気に見えます。客数(Q)が減っても、固定費(F)は1円も減らないからです。

1人あたり粗利を3,250円のまま固定して、客数だけを動かしてみます。

客数 Q粗利総額 MQ固定費 F経常利益 G
2,000人650.0万円600万円50.0万円
1,900人(−5%)617.5万円600万円17.5万円
1,800人(−10%)585.0万円600万円▲15.0万円

固定費600万円は、3行とも同じです。人件費も家賃も金利も、客数が減ったからといって翌月すぐには下がりません。減るのは原価(VQ)だけ。

客数が5%減れば経常利益は3分の1、10%減れば赤字。経常利益という帯が薄い、というのはこういうことです。

1
仕入は、じわりと効く
1人あたり原価(V)が上がると、粗利(M)が同額縮む。75円で年180万円。
2
客数は、一気に効く
客数(Q)が減っても固定費(F)は減らない。5%減で利益は3分の1になる。
3
そして、両方が同時に来る
仕入値上げと外食離れは別々の現象ではなく、同じ物価高から生まれた双子である。
第5章
「なんとなく不安」を、金額に変える

3つのシナリオを立てる

ここまでで、動く変数は出揃いました。仕入単価(V)客数(Q)、そして税制対応にかかる事務コスト(F2)。この3つに数字を入れて、3本のシナリオを立てます。

シナリオ前提粗利 M客数 Q粗利総額 MQ固定費 F経常利益 G
A 楽観仕入据え置き/客数据え置き3,250円2,000人650万600万+50万
B 標準食材+5%/客数−5%3,175円1,900人603万600万+3万
C 最悪食材+8%/客数−10%/経費+7万3,130円1,800人563万607万▲44万
+600万
A 楽観(年)
+36万
B 標準(年)
▲528万
C 最悪(年)

これが、本書でいちばんやりたかったことです。

「なんとなくヤバそう」は、こうして「年間528万円の穴」という具体的な金額になります。

金額になれば、締切と規模が決まります。2027年4月までに、最悪でも年528万円を埋める準備をしておけばいい。逆にいえば、それをやらずに4月を迎えれば、店は静かに削られていきます。

大事なのは、Cが起きると予言することではありません。Cが起きても店が残るように、今から手を打っておくことです。備えて外れれば、それは利益になるだけです。

致命傷は、どこにもない

「飲食店が潰れる」と聞くと、大きな失敗を想像されるかもしれません。しかし現実は違います。

よいち屋の周りで、これから起こりうることを並べてみます。どれも、日常的にある話です。

起きること効く場所月あたり
食材の本体価格 +2%原価(V)↑−6万円
時給を50円上げる人件費(F1)↑−9万円
電気・ガスの値上がり経費(F2)↑−6万円
家賃改定地代家賃(F2)↑−5万円
カード比率の上昇で手数料増原価(V)↑−4万円
来店が月40人分減る客数(Q)↓−13万円
税制変更対応(2年で2回)経費(F2)↑−7万円
合計−50万円

元の経常利益は50万円でした。ひとつも致命傷はないのに、利益だけが正確にゼロになります。

経常利益率5%の店にとって、コストが売上の5%増えるというのは「利益が少し減る」話ではありません。「利益が全部なくなる」話です。

店が閉まる本当の理由
「潰れる」というのは、いきなり大赤字を出すことではありません。この状態が、静かに何ヶ月も続くことです。

帳簿は黒字ギリギリでも、元本返済で現金が減り続け、ある日払えなくなる。店は、利益がなくなったときではなく、現金が回らなくなったときに閉まります。

2年で2回、切り替え作業がある

シナリオCに入れた「経費+7万円」の正体にも触れておきます。今回の措置は2年間の期間限定です。ということは、現場では税率変更を2回やることになります。

1
2027年4月|1回目の切り替え
食料品 8%→1%。レジシステムの改修、会計ソフトの設定、商品マスターの修正、請求書フォーマットの変更、経理処理の変更、従業員教育、価格表示の変更、取引先との条件確認。
2
2027年4月〜2029年3月|混在運用
1%と10%が混在した状態で運用。イートインとテイクアウトの判定、区分記載、インボイス対応が2年間続く。
3
2029年4月|2回目の切り替え
1%→8%に戻す。1回目とまったく同じ作業を、もう一度。

大企業なら専門部署が対応します。しかしよいち屋のような店では、オーナー自身が営業後の深夜に対応することになります。

料理を作り、接客をし、採用をし、経理をし、そのうえ税制変更にも対応する。制度を複雑にすればするほど、重くなるのは中小企業と個人店の固定費(F)です。

第6章
取り戻す道は、3つしかない

逆算すれば、答えは一意に出る

ここからが本題です。MQ会計の本当の価値は、悲観することではなく、逆算できることにあります。

「経常利益(G)= 粗利(M)× 客数(Q)− 固定費(F)」を逆に解けば、元の利益に戻すには何をどれだけ動かせばいいかが、一意に出ます。

標準シナリオB(経常利益3万円)から、元の50万円に戻すとしましょう。必要な粗利総額の上乗せは47万円です。道は3本しかありません。

打ち手必要な変化8ヶ月で動かせるか
① 客数(Q)を増やす1,900人 → 2,048人(+148人)減る前の2,000人を超えて、さらに上を目指すということ。集客は相手があり、成果が出る時間も読めない。やるべきだが、当てにはできない。
② 客単価(P)を上げる5,000円 → 5,246円(+4.9%)粗利を直接増やす最も強い手。ただし値上げ自体が客数を押し下げる。5%上げて客数が10%落ちれば元の木阿弥。単独では危険。
③ 固定費(F)を最適化する600万 → 553万(−47万)家賃は交渉相手がいる。金利も動かない。経費は削りしろが小さい。自分の意志だけで今日から設計し直せるのは人件費(F1)だけ。

3つ並べると、はっきりします。

この本の分岐点
客数と客単価は「相手のいる勝負」。人件費だけが「自分で設計できる勝負」です。

だからこそ、多くの店がここで判断を誤ります。
第7章
人件費は「削る」のではなく「設計する」

「人を減らす」は、最適化ではない

ここが、本書でいちばんお伝えしたいところです。

コストが上がると、多くの店はこう考えます。「人を減らそう」「営業時間を短くしよう」。

これは最適化ではありません。ただの縮小です。

人を減らせばサービスが落ち、客数(Q)が落ち、粗利総額が落ちる。固定費は確かに減りますが、それ以上に粗利が減る。前章で見たとおり、客数の減少は利益に対して何倍にも効きます。

縮小のスパイラルは、こうして始まります。

削る(縮小)
設計する(最適化)
人件費の総額を減らす
人件費の総額は変えない
ピークも閑散も一律に薄くする
ピークに厚く、閑散に薄く配置する
サービスが落ち、客数が減る
取りこぼしが減り、客数が増える
固定費は減るが、粗利はもっと減る
固定費は同じで、粗利だけが増える
翌月の数字は良く見える
翌年の数字が良くなる
人件費の最適化とは、総額を減らすことではありません。同じ総額から、より多くの粗利を生むことです。

同じ300万円でも、生む粗利は変わる

具体的に見ていきます。よいち屋の1日の来店ニーズと、シフトの配置を並べてみましょう。

まず、多くの店でよく見かける「感覚で組んだシフト」です。

感覚で組んだシフト
時間帯17時18時19時20時21時22時
来店需要5人12人22人20人13人8人
配置人数4人4人4人4人4人4人
判定余る適正不足不足適正余る

合計24人時。悪気はまったくありません。「だいたい4人いれば回る」という経験則で組まれています。

しかし17時と22時は手が余り、19時と20時のピークでは人が足りずに取りこぼしている。次は、需要から逆算して配置し直したシフトです。

需要から逆算したシフト
時間帯17時18時19時20時21時22時
来店需要5人12人24人21人13人8人
配置人数2人3人6人6人4人3人
判定適正適正適正適正適正適正

合計人時は24のままです。人件費の総額は1円も増えていません。ピークに厚く、閑散に薄くしただけ。

それだけで取りこぼしが消え、1日3人拾えたとします。月25日営業なら75人。1人あたり粗利3,250円を掛けると、月24万円の粗利増です。

これが「削る」と「設計する」の違いです。前者は人件費を守りながら粗利を捨てている。後者は同じ人件費で粗利を拾っている。

そして、数字を見ずにシフトを組んでいる限り、この2つの差は永遠に見えません。

仕入の値上げは、シフトで取り返せる

ここで、覚えておいてくださいとお願いした数字がもう一度出てきます。

項目月あたり年あたり
食材+5%で失う額−15万円−180万円
人件費300万円の5%+15万円+180万円
差し引き0円0円
本書の結論
仕入の値上げは、シフトの設計で取り返せる。

人件費300万円のうち、たった5%。人を減らすのではなく、配置と時間の精度を上げるだけで届く水準です。

正直に書いておきます。最悪シナリオC(年528万円の穴)を、人件費だけで埋めることはできません。だから客数(Q)と客単価(P)の手も同時に打ちます。

ただし、いちばん早く、いちばん確実に、自分の判断だけで動かせるのが人件費だということです。集客施策の成果が出るのを待つ間、店を支えてくれるのはここです。

身につけるべき、3つのスキル

感覚を設計に変えるために、身につける必要があるのはこの3つです。順番にも意味があります。

1
売上目標から、使っていい人件費を逆算する
「今月いくらまで人件費を使えるか」を、勘ではなく式から先に決めます。目標とする経常利益(G)と固定費(F)が決まれば、必要な粗利総額(MQ)が出る。そこから許容人件費が一意に決まります。
2
日別・時間帯別に落とし込む
月の許容人件費を、曜日と時間帯の需要に応じて配分します。ここで使う物差しが人時売上高と人時生産性です。月単位で見ている限り、前節の①と②の差は絶対に見えません。
3
予定と実績のズレを、翌週に反映する
組んだシフトと実際の勤怠は、必ずズレます。ズレを放置すると設計は絵に描いた餅になる。週次で差異を見て、翌週の配置に反映する。この回転が仕組みです。

この3つが回り始めると、人件費の意味が変わります。

「毎月出ていく怖いコスト」から、粗利を生むための投資へ。同じ300万円でも、生む粗利がまったく違ってきます。

Q.
人手不足で、そもそも希望どおりに配置できません
A.
だからこそ、限られた人をどこに置くかの精度が上がります。
人が潤沢にいる店では、配置のミスは余剰人員が吸収してくれます。人が足りない店ほど、1人をどこに置くかが粗利を直接動かします。設計の価値は、人手不足の店でこそ大きくなります。
Q.
うちは客数の波が読めません
A.
3ヶ月分の実績を時間帯別に並べるだけで、波は見えてきます。
POSやレジのデータを曜日×時間帯で集計してみてください。「なんとなく金曜が忙しい」が「金曜19時台に集中する」に変わります。読めないのではなく、見ていないだけであることがほとんどです。
おわりに

制度には意見を言う。ただし、待たない

誤解のないように書いておくと、私は食料品の消費税を下げること自体に反対しているわけではありません。家計負担を軽くするという考えは理解できますし、1%分を中低所得者への給付で戻して「実質ゼロ」にする設計も示されています。

問題は、消費者だけを見て、その裏側にいる生産者・卸売業者・物流会社・小売店・飲食店の数字まで設計されているのか、ということです。

だから、意見は言い続けます。「税率を下げるんだから全部正しい」「反対する奴は増税派だ」という単純な議論では、現場は救われません。

ただ同時に、こうも思っています。制度が理想どおりに変わるのを待っている時間は、現場にはありません。

2027年4月まで、およそ8ヶ月。政治にできることは政治に求めながら、自分にできることは全部やる。その両方をやるしかありません。

備えた店は、残る

「飲食店が減っても、自炊すればいい」。そんな単純な話ではありません。よいち屋のような店が1軒閉まると、街ではこういうことが起きます。

人件費(F1)として支払われていた月300万円の給料が、地域から消える。原価(VQ)として買っていた月300万円分の食材の、仕入先が1軒減る。地元の卸業者の売上(PQ)が減る。空き店舗が増え、街の魅力がなくなる。そして、体力のある大手チェーンだけが残る。

飲食店の売上は、料理の代金だけではありません。人が集まり、会話をし、地域に雇用を作り、生産者と消費者をつなぐ場所の対価です。

だから店を残すことは、経営者を守ることではなく、地域経済と食文化を守ることだと思っています。

食料品の税率が下がった瞬間に、飲食店が一斉に潰れるわけではありません。でも、備えなかった店から、静かに削られていきます。

最後に
備えた店は、残ります。

不安を数字に変える。数字を打ち手に変える。打ち手を、8ヶ月で仕組みにする。

やることは、それだけです。

本書でお伝えした「許容人件費の逆算」から「週次での差異反映」までを、実際のシフト表に落とすところまで一緒にやる場を用意しています。よろしければ、現場でお会いしましょう。

本書についての注記

「よいち屋」は架空の店舗です。数値は月商1,000万円・粗利率65%・経常利益率5%という、飲食業として標準的な水準に基づく試算モデルであり、特定の実在店舗のものではありません。

実際の影響は、各店舗の課税方式(本則課税・簡易課税・免税)、業態、仕入構成、酒類比率によって大きく異なります。自店の判断は、必ず顧問税理士にご相談ください。

制度の内容は2026年8月5日の閣議決定時点の情報に基づいています。対象品目の線引きや財源の詳細は、今後の税制改正大綱および国会審議で変わる可能性があります。最新の情報を必ずご確認ください。

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今井 陵太
非エンジニアの経営者(経営コンサルタント)です。 AIを相棒に、クライアント先と自社で使う経営の道具を作って公開しています。 MG(マネジメントゲーム)インストラクター/MQ会計。 経営計画シミュレーター GYAKUSAN 公開中(無料・登録不要)。 作る過程と、経営の数字の話。北海道。
読み終わりました

1%の衝撃

今井 陵太
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一億総著者 — あなたの知識や経験は、きっと誰かの一歩になる。